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2018年3月

開いた口がふさがらない。。。

 今日は暖かく、もう春やなーとからだは喜んでいるのですが、どうも気が重い。それは3・11の現在の状況を知り、復興を叫んでもまだまだ心の復興にはほど遠い人々。ましてや原子力発電所事故においては、未だ事故の延長線上にあり、放射能汚染は続き、ただただ廃棄物は溜まる一方。いったいどうなるのか。。。事故から7年。一年生だった子どもは中学生になるくらいの時間です。あの日から、フクシマは捨てられ続けています。そしてわたしたちも。

 こんなどんよりした気持ちに追い打ちをかけるというか、きついパンチをくらったのが、「森友問題」いや事件です。佐川氏が辞職して、近畿財務局の人が自殺して、財務省の森友文書の改ざんが明るみに出、それに対して、アソウ財務大臣が「佐川が最終責任者だ」と言い。改ざんを書き換えとだまくらかし、すべての責任を佐川氏に押し付けた。アベ首相は、反省しているといけしゃーしゃーと答える。謝るくらいなら「わたしは嘘つきです。妻も同罪です」と言うべきです。これって、国民をなめてるのではないですか。こういうことをしたらあかん、ということを全部やって、バレたら責任を全部部下になすりつける。それも一度は持ち上げ利用した部下に。こんなことがあっていいのでしょうか。かなりビックリして頭にきました。東京では、すぐに国会前に人々が集まり抗議の声をあげている。これは、大人として、黙っててはあかんと思います。ちょっと新聞やネットの記事で調べてみてください。おかしすぎる。
★14日(水)18時30分~梅田HEP前★で、街宣をやると、友だちから連絡が入りました。
今朝は、近畿財務局前に行ったそうです。大阪でも声をあげないとですね。ここまで、なめられたんでは。。。国会前では、12日5000人もの人が集まり、今日も多くの人が集まってるようです。ほんと勇気づけられます。取り急ぎのお知らせです。なかなかイエーイ!と今夜は言えないけど。やっぱりイエーイ!(せ)

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映画・二本

 大阪は急に春めいてルンルンしていますが、なんと北の方では猛吹雪とか。まだまだ厳しい時節ですね。今年はほんとに長く寒い冬でしたと言うのも叱られそうですが、軟弱大阪人にとっての実感です。大きな事故のないこと祈ります。

 今週、面白い映画を二本見ました。映画の世界ってほんまに広いなーと思わせてくれる映画たち。3月末から4月初めの公開で、まだ書くのは早いかなーと思いつつ、そう言いながら紹介しなかったことが多いので反省を込めて書きます。
★ 「修道士は沈黙する」3月31日・シネリーブル梅田にて公開
 こちらはスタイリッシュな社会はサスペンスという宣伝文句なのですが、なかなか今という時代を考えらさせられる深い映画でした。ドイツの高級リゾートホテルを舞台に「G8」や「IMF」などの言葉が飛び交うおどろおどろしい世界に、一人の修道士、それも「清貧と沈黙」を戒律とする教会のイタリア人修道士サルスがゲストとして招かれます。招待したのは、天才エコノミストとして知られるIMF国際通貨基金の専務理事ロジェです。他にも絵本作家とミュージシャンが招待されています。ロジェは自分の誕生日の夕食に彼らを招き、その夜サルスに「告解」をしたいと告げます。そして翌朝、彼は遺体で発見されます。自殺か他殺か。。。
 ここから物語は大きく展開ミステリアスな世界へと見るものを誘います。こう書きながらも、いくつかのシーンが浮かびます。なんともうまい演出にグイグイ引っ張られていくのです。世界を牛耳るエコノミストの集まりに、沈黙に生きるサルスが巻き込まれることで、「政治と宗教」「物質主義と精神主義」「饒舌と沈黙」いくつかの対極の世界が表れるのです。
混迷を告げる世界の中で、何をどうしたらいいのかさえ見失ってしまい、ただ経済至上主義がはびこり、社会はどんどん悪くなっていくように思えます。
 
 権力は常に秘密を作りそれをただ守ろうとする。今のこの国の国会もまさにその通りです。そこに全く超えた価値観で現れた一人の修道士の、深い沈黙によって守られる自由。
この映画はイデオロギーを主張する映画ではないと監督は語ります。確かに、見る人一人一人に届くメッセージはそれぞれ違うでしょうが、はたと立ち止まり考える時間を与えてくれます。
 なによりこの映画はキャストによるところが大きいです。修道士を演じるト二・セルヴィッロの佇まい立ち居振る舞い、深いまなざし。圧倒的な、しかし静かな存在感。ロジェを演じるフランスの名優ダニエル・オートゥイユの世界のトップに立ちながらも苦悩する人間の不安と自信。他にも味のある役者が脇をかためています。
 監督は「ローマに消えた男」などで知られ、オペラや演劇にも携わるロベルト・アンド―です。さすが音楽も素晴らしく、サスペンス映画の音楽とは違う独特の世界を築いています。
 ロジェの葬儀で語るサルスのことばは、現代社会への痛切なメッセージとして人々に迫り、ラストシーンは、心あたたまる寓話として笑顔を届けてくれます。イタリア的ユーモア―も忘れない監督・キャスト・スタッフに感謝です。
★「LUCKY・ラッキー」4月7日・テアトル梅田にて公開
 こちらは、前作とは全く違うアプローチ。昨年9月に91歳で亡くなった名優ハリー・デイーン・スタントンに捧げられた映画。奇しくも彼の最後の主演映画となりました。彼の名前を聞いてもピンと来なくても「パリ、テキサス」で妻と息子を捨て4年間失踪していた主人公とラヴィスを演じた役者と言えば思い出す人も多いのではないでしょうか。とにかく個性的ステキな役者でした。
 その彼をそのまま撮ったと言える作品です。
「全ての者に訪れる死 90歳の気難しい現実主義者ラッキーのたどり着いた、ある答え」
このキャッチコピーそのままの、素晴らしい作品です。これは見ていただくしかない映画です。ストーリーはラッキーの日常です。そのシンプルな日常には学ぶべきこと多々ありです。老いるということは、こうなるんだなー。今の日本は、なかなか自然に枯れていけない世の中です。いくつになっても働いて、元気に活躍する人が称賛される。経済活動をするためだけに生まれてきたんじゃないと思うのですが。年寄がそこまでしないと、ゆっくり枯れていけない社会は貧しいです。国の政策に問題があったのです。年金どうなん!と言いたい。
 「孤独」と「一人」は同じじゃない。とか、多くの名言が飛び交います。アンチエイジングなんかくそくらえ、いやそういうパワーではなく、ただこうなってしっかり老いて行けばいいんだというメッセージをもらえます。ちょっと悲しくて笑えてそれでも目を離せない、独特な世界が描かれています。ラッキーの友だち役に、なんと名監督デビット・リンチが登場、味のある役を上品に演じています。こちらも音楽がいいのです♪そしてラッキーこそ自由なんだ。修道士のように厳しい戒律の世界に生きなくても、こんなに自由に生きられるんだとも思いました。若い人にはどうかなーとも思いますが、我らの世代は必見ですよ。
 立て続けに、まったく違うアプローチの映画を二本見て、いやあらためて映画ってすごいなと思いました。たった2時間くらいで、ほんとにいろんな価値観や世界に連れて行ってくれるんだから。そして根底に流れるものはつながっていると感じる二本でした。ハリウッド映画の世界の終末を煽り立てるバンバンうるさい映画では見られない世界です。
 争いや事件が絶えない社会ですが、結局自分が生きてる世界をしっかり見つめ、やっぱり自由におおしく生きていきたいですね。そして沈黙とシンプルを深く学びました。人間ひとりで生まれてひとりで死んでいく。何も持って死ねないしね。春もそこまで、たまには映画館出かけてください。きっと元気でますよ!イエーイ(せ)
 

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