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五島列島と枕

 すっかり秋めいて、気持ちのいい朝です。でも、こうしてちょっと涼しくなると、いやーまた寒い冬が始まるのかと、ついつい先々を心配してしまいます。季節に付いていきにくいからだを抱え、気をひきしめなければ、なんて言いながら、やっぱり目いっぱい秋を楽しみましょう!

 夏の五島列島の旅を書こうと思いながら、秋になってしまいました。というか、五島列島の旅を書くのは難しいのです。行く前も、情報が少ないというか「隠れキリシタンの島」と「美味しい魚」を勝手にイメージしていたのですが、現実はちょっと違いました。
 まず「隠れキリシタン」とは、弾圧されて島に逃げた人たちと勝手に思っていたのですが、帰って調べてみると違いました。隠れキリシタンとは、1873年に信仰の自由が認められた後、多くのキリシタンはカトリックに復帰したようですが、復帰せずに先祖代々の信仰形式を守った人たちのことを指すようで、今では1500人くらいだそうです。
 また、これまで地域に住んでいた隠れキリシタンとカトリック教徒、仏教徒は、互いに心理的な距離があったようです。
 
 戦国時代1566年、ポルトガルと日本人の二人のカトリック修道士が五島列島を訪れ布教を開始、広まったが、江戸時代1614年に禁教令が発布、宣教師は追放され、キリシタンは弾圧されました。江戸中期1797年以降には、幕府の荒地開墾奨励政策を受けて、長崎の外海から3000人の仏教徒を装ったキリシタンが五島列島各地に移住しました。ここらあたりから、全て始まっているようです。
 また、学術的には、禁教令下で信仰を守った「潜伏キリシタン」と、禁教令が解かれたあとも、カトリックには戻らず、神秘的信仰形態を守り続けた「カクレキリシタン」とに分かれるそうです。つまり聖職者不在のなか、仏教や神道の影響も受けて独自の進化を遂げてきたのが、今も五島列島に残るカクレキリシタンであり、多くの教会の中には、カトリックの教会もあります。
 ただ、たくさんの教会を回ってみて思ったのは、こじんまりとひっそりと、本当に島の辺境に建つかわいらしい教会は、なんとも日本独自の雰囲気をもっています。また時を超えて信者さんに守られ愛されている暖かさを感じました。どの教会もオープンで鍵はなく、小さくてきれいなトイレや、祭壇には花が活けられ、椅子には小さな座布団や聖書が日常を現していました。その中に立つと不思議な気持ちがします。信仰を持たないわたしですが、思わず手を合わせ、守られているというか気持ちがすーと優しくなります。
 お寺で手を合わせるのと似ていますが、もっと神聖な感じがありました。それは、ずっと守ってきたという人々の気概がもたらすものなのでしょう。優しさの中に凛とした厳しさのようなものが確実にありました。あらためて、人にとって信仰とは何か考えてしまいました。それにしても、知らないこと多すぎの五島列島文化編です。
 
 一方、食は、残念ながら、五島列島の美味しい新鮮な魚は大都市に持って行ってしまわれている可能性大です。入り江には漁連や大型の漁港関係の建物は少なく、島の人に聞くと、みんな東シナ海に漁に出て長崎やなんかに水揚げしてるそうです。もちろん、高い旅館や料理屋さんには、届いているのでしょうが、わたしたちが泊まった安宿の夕食の魚は期待外れでした。というかうまく出会えませんでした。それより、五島うどん、五島牛は美味しかったです。
 
 今回の旅のヒットは、何より最初に泊まったゲストハウスとの出会いでした。行くはずのなかった福江島の「雨通宿」で、新たににスケジュールを組み直すことになり、宿の若いオーナーには、ほんとにお世話になりました。そして、出会ったのは「枕」です。初日のこの宿での枕の寝心地のよさに、相棒と二人驚き、とうとう注文してしまいました。なんとそのゲストハウスは、布団屋さんがやっているのです。
 夜はもと布団工場に小さなバーがオープン。島の若いユニークな人や若い旅人が飲みに来ます。そこにわたしたちも合して、なんともエキサイティングな時間でした。
 そのほかの五島列島も書きたいのですが、やっぱり旅は人との出会いですね。後日届いた枕で安眠の日々です。ほんとにありがとう!あのゲストハウスを思い出すだけで心が熱く笑顔になります。五島列島はやっぱり遠いです。でも、あのゲストハウスにはまた行きたいなー。ああ、やっと書き終えホッとしました。雑文にて失礼ざんす。(せ)

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コメント

聞くと視るとは大違い!といった体験談ですね。
そして、歴史を遡って調べて書いてくださるところが、やはり素晴らしい!
信仰してる人たちの心のよりどころ、その小さな教会を訪れてみたいです。
旅の醍醐味は、やはり人との出会い。そんないい出会いができて良かったですね。
でも美味しい魚が食べられなかったのは、ほんと残念でしたね。経済的な理由から生じてるグローバル社会は世界的なことではなく、この狭い日本のなかですでに生じてることですね。

映画「コスタリカの軌跡」を観て、足立力也さん(コスタリカ研究家)の本を買いました。
コスタリカは中央アメリカの南にある資源の乏しい小国。現在はその小資源をアメリカの多国籍企業の横暴によって奪われ、自然破壊を招き、現地の人々に貧富差を生み、貧しい人たちに厳しい暮らしを強いています。
それでも、この国は軍隊を持たない世界で唯一の国。
武器を作って売ってる国がある限り戦争は止まない。だから軍隊を持たなければ武器を買う必要がない。戦争を完全に拒否してるのです。
そこに至るまでは、中南米の各国と同じで、スペインやアメリカからの独立のために武装して闘ってきたのですが・・。

作者の力也さんはまだ44歳、亡くなった息子より3歳も若い。
コスタリカの良いことも悪いことも体験して考えて、感じたことが書いてあるようです。やはり人とのふれあいがあってのことだろうと興味を持ちながら、老眼鏡をかけて読み進んでます。

投稿: とんび | 2017年9月30日 (土) 07時00分

とんび姐さん
コスタリカの現状は厳しいですね。でも、五島列島もそうですが、ほんとに端の端っこの誰が来るのというような所に、慎ましく建つ教会。幾多の弾圧や偏見に耐え、独自の宗教というか先祖と言えるかもしれません、を守ってきた人たちの熱くて静かな祈りを、目の当たりにした気がしました。でも、周りは平和で静かなのです。どのように終えても一生です。いろんな一生があります。それが侵されないようにと祈るばかりです。(せ)

投稿: | 2017年9月30日 (土) 21時50分

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