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2017年9月

五島列島と枕

 すっかり秋めいて、気持ちのいい朝です。でも、こうしてちょっと涼しくなると、いやーまた寒い冬が始まるのかと、ついつい先々を心配してしまいます。季節に付いていきにくいからだを抱え、気をひきしめなければ、なんて言いながら、やっぱり目いっぱい秋を楽しみましょう!

 夏の五島列島の旅を書こうと思いながら、秋になってしまいました。というか、五島列島の旅を書くのは難しいのです。行く前も、情報が少ないというか「隠れキリシタンの島」と「美味しい魚」を勝手にイメージしていたのですが、現実はちょっと違いました。
 まず「隠れキリシタン」とは、弾圧されて島に逃げた人たちと勝手に思っていたのですが、帰って調べてみると違いました。隠れキリシタンとは、1873年に信仰の自由が認められた後、多くのキリシタンはカトリックに復帰したようですが、復帰せずに先祖代々の信仰形式を守った人たちのことを指すようで、今では1500人くらいだそうです。
 また、これまで地域に住んでいた隠れキリシタンとカトリック教徒、仏教徒は、互いに心理的な距離があったようです。
 
 戦国時代1566年、ポルトガルと日本人の二人のカトリック修道士が五島列島を訪れ布教を開始、広まったが、江戸時代1614年に禁教令が発布、宣教師は追放され、キリシタンは弾圧されました。江戸中期1797年以降には、幕府の荒地開墾奨励政策を受けて、長崎の外海から3000人の仏教徒を装ったキリシタンが五島列島各地に移住しました。ここらあたりから、全て始まっているようです。
 また、学術的には、禁教令下で信仰を守った「潜伏キリシタン」と、禁教令が解かれたあとも、カトリックには戻らず、神秘的信仰形態を守り続けた「カクレキリシタン」とに分かれるそうです。つまり聖職者不在のなか、仏教や神道の影響も受けて独自の進化を遂げてきたのが、今も五島列島に残るカクレキリシタンであり、多くの教会の中には、カトリックの教会もあります。
 ただ、たくさんの教会を回ってみて思ったのは、こじんまりとひっそりと、本当に島の辺境に建つかわいらしい教会は、なんとも日本独自の雰囲気をもっています。また時を超えて信者さんに守られ愛されている暖かさを感じました。どの教会もオープンで鍵はなく、小さくてきれいなトイレや、祭壇には花が活けられ、椅子には小さな座布団や聖書が日常を現していました。その中に立つと不思議な気持ちがします。信仰を持たないわたしですが、思わず手を合わせ、守られているというか気持ちがすーと優しくなります。
 お寺で手を合わせるのと似ていますが、もっと神聖な感じがありました。それは、ずっと守ってきたという人々の気概がもたらすものなのでしょう。優しさの中に凛とした厳しさのようなものが確実にありました。あらためて、人にとって信仰とは何か考えてしまいました。それにしても、知らないこと多すぎの五島列島文化編です。
 
 一方、食は、残念ながら、五島列島の美味しい新鮮な魚は大都市に持って行ってしまわれている可能性大です。入り江には漁連や大型の漁港関係の建物は少なく、島の人に聞くと、みんな東シナ海に漁に出て長崎やなんかに水揚げしてるそうです。もちろん、高い旅館や料理屋さんには、届いているのでしょうが、わたしたちが泊まった安宿の夕食の魚は期待外れでした。というかうまく出会えませんでした。それより、五島うどん、五島牛は美味しかったです。
 
 今回の旅のヒットは、何より最初に泊まったゲストハウスとの出会いでした。行くはずのなかった福江島の「雨通宿」で、新たににスケジュールを組み直すことになり、宿の若いオーナーには、ほんとにお世話になりました。そして、出会ったのは「枕」です。初日のこの宿での枕の寝心地のよさに、相棒と二人驚き、とうとう注文してしまいました。なんとそのゲストハウスは、布団屋さんがやっているのです。
 夜はもと布団工場に小さなバーがオープン。島の若いユニークな人や若い旅人が飲みに来ます。そこにわたしたちも合して、なんともエキサイティングな時間でした。
 そのほかの五島列島も書きたいのですが、やっぱり旅は人との出会いですね。後日届いた枕で安眠の日々です。ほんとにありがとう!あのゲストハウスを思い出すだけで心が熱く笑顔になります。五島列島はやっぱり遠いです。でも、あのゲストハウスにはまた行きたいなー。ああ、やっと書き終えホッとしました。雑文にて失礼ざんす。(せ)

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先代登場

 今週の土曜日30日は、二代目の息子たちが、高知のカフェ・ミシシッピへ、なんとパンの出張販売に出かけます。このカフェは「ふじあい」というミュージシャンがやっておられる店で、みくり食堂のすみちゃんに紹介されてから、仲良くさせてもらってるみたいです。

 それで、30日は、わたしたち先代(と息子が言う)が、久しぶりに楽童に立ちます。
彼らが「先代登場」と宣伝してくれているみたいなので、わたくしたちも、宣伝です。お久しぶりの方ぜひぜひ、お待ちしております。つもるはなしやなんか、ないかいなー。ちょうど楽童を卒業して半年になります。早いですね。ほんま、時間が束になって飛んでいくよー。
 
 続いて、10月14日・15日は、毎年恒例の「あべの王子・みのり市」です。今年は14日のみの出店となります。この日も、豊津の店は、先代登場となりそうです。秋の一日、みなさまにお目にかかれるの楽しみにしております。よろしくお願いいたします。
 季節は気持ちよいですが、世の中選挙であわただしいというか、見苦しい。情けなくなりまする。いやはや、めげずに元気にまいりましょう!(せ)

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解散風

 「物云へば唇寒し秋の風」 芭蕉

 次々と起こるこの国の政治に、もう何も言いたくなくなるくらい暗い日々でした。そして気持ちのいい秋風が吹き、季節の移ろいにこころ動かされていると、なんたる突風「解散の風」が吹いたのです。なんという横暴、首相は異国におり、ある国の大男に、しもべのようにかしづき、我を忘れております。何を血迷ったのか、もとより計算されていたのか、はたまた大国の意向なのか「この秋解散か!」との報が出て数日、これが現実となりました。
 
 「安倍首相は、28日召集の臨時国会冒頭に衆院を解散する構えを見せている」
 某新聞にありました。信じられません。今までのいろいろの悪行はさておき、森友・加計問題の疑惑追及を逃れるための解散と、憲法改悪をこの機に加速したいという強い思いしか見えてきません。野党が国民への懸念を説明すべきだと要請した臨時国会の開催にはこたえず、突如衆院解散のために臨時国会を開くとは。いくら弱い野党といえ、権力者の都合で解散を宣言するとは。ついこないだ反省したという彼は「できるだけ丁寧に国民に説明する」と言いました。それで、支持率が上がりました。
 民進党の崩れを意識し、人気者の女性を引きずり下ろし、今こそ、我らの時代と思ったのでしょうか。姑息であります。
 
 はや10月には選挙があると言われます。議員たちは、急ぎ地元に戻り事務所を探し車を手配し電話を引く。吹田でも、いきなり自民党女性議員の看板があちこちに立てられました。みなさん、まわりを見てください。いち早く自民党議員の看板が立っていませんか。彼らは知っていたのでしょうか。
 ここまで仕組まれた政治。もちろん過去の時代にもあったでしょうが「政治なんてそんなもんや」と、ずっと思わされてきた国民ですが、これほどはっきりとした見え見えの横暴を許してはいけないのでは。。。解散、選挙のあとは、国民の支持をバックに一路転がるようにアベ政権のやりたい放題が目に見えています。
 メキシコで続く大地震、日本でも毎週のように起こる地震。また大地が大きく揺れるのでないかと心配です。そんなこの国で、原発を再稼働、核燃料の廃棄処理場も決まらず、MOX燃料は帰ってきました。ああ、唇が寒くなってきました。ただ、今度の選挙は大きいです。入れる人がいないという悩みを超えて、何とかしなければ。
 
 「象も耳立て々聞くかや秋の風」 永井荷風
さあ、どんな風が吹いてくるか、どんな風を吹かせるのか、よーく考えましょう!(せ)

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「ふたりからひとり」

 人生フルーツのお二人。しゅういちさんが亡くなられてからの本です。図書館予約やっときました。2016年12月5日発売なので、亡くなられて一年半後くらいにもう出たわけですね。

 一人になった英子さんが主に書かれてますが(語られてるのかな)。変わらぬスタイルの本です。あちこちにキラリ光る言葉があって、それも実践されてのことばなので、重みが違います。読み進めていくと、自分のええかげんな暮らし方にちょっと気持ちがへこみますが、いや、なかなかここまで徹底して生き、暮らされへんよなーと。ひとり突っ込みをいれています。
 しゅういちさんの亡くなり方が見事で、こうやってちゃんと生きて暮らした人は、ちゃんと死ねるんやと思ったものですが、残されたというか、英子さんも見事に一人を生きておられます。今も映画の上映が続いているということをみても、お二人の生き方が、この時代に与えるメッセージの大きさがわかります。
 一方、主人を支えることに喜びを感じ、主婦として妻として全うする生き方の英子さんを、フェミニストの視点で見るとどうなのかーとおもいながらも、そんな考えをも軽やかに吹っ飛ばしてしまうほどムリなく生きておられる英子さんの姿に脱帽です。もうすぐ90歳を一人で迎えられる英子さんの、最後の文章が「いつも心はルンルン」なのですから、お見事です。
 
 「人はたくさんの個性を持っているから、自分のやりたいことに気づいてコツコツ続けていけば、きっといいことがあるわよ」英子
 
 「とにかく、誰も来ないで二人でいるときが、キッとします。キッチンガーデンと雑木林の妖精たちとゆっくりすることが、二人の健康のもとですね」しゅういち
 
 「長い時間をためたひとつのストーリーを届けられれば・・・、それが年寄りの仕事かなと思っているのです、僕たちの生き方を。ひとり、ひとり、暮らしていくうえでの何かの智恵のような、次の世代に何かを伝えるためのそういうストーリーをと」しゅういち
 
 「人にしてあげるとか、そんなエライことは考えない。いつもしゅうタンが言うように、人間として、最後まで自分の足で立って生きることが大事なんだと、私も思うの」英子
 
 ほかにも、メモりたいことばいっぱいですが、とりあえず書き記します。お見事!(せ)

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文章教室

 夏休みが終わって9月、あらためてお知らせしたく思います。この夏がいくら暑いと言っても、やはり特別な夏でした。

 今年の春4月より、章さんともども、完全に楽童を卒業いたしました。ハッピーリタイアメントです。今は、三男拓とパートナーのさおりちゃん二人が切り盛りし、若い楽童に生まれ変わろうと、いやいやもうすっかり若返りました。先日帰国していた次男の助けも借りて、夏休み店内もリニューアルいたしました。
 基本的な楽童のパンたちのスタイルは変わりませんが、新しいパンたちも仲間入りしてくれています。そしてこの二人が無事、楽童の厳しい夏を乗り切ってくれました。パチパチパチ!
 章さんは、たまに週末店に出ることがありますが、わたしは時々覗きに行くていどでです。パン屋だから当たり前のことですが、夏の暑さは特別です。おかげで33年ぶりに、あの暑さから解放され、人並みな夏を久しぶりに過ごしました。それでも暑かったけど。。。
 わたくしも、今まで好き勝手にしていたようですが、、、たとえば一年間ロンドンに行くとか。。。でも、やはり春以降の自由な日々は格別なものであります。人生の最後に贈り物があるとしたら、この時間かなーと。ほんとに感謝いたします。また、いちおう元気にこの時間をいただけたことにも感謝です。
 「毎日何してんのー」と会う人ごとに聞かれます。確かに忙しくはないのですが、なんやかやとやることはイロイロあります。ひとつは、ストーリーテリング「おはなしの会」での活動、もう8年になります。秋からは学校へのおはなし配達が始まり、それこそ忙しくなります。あとは、映画を見たり、あれこれ趣味の会などなど。でも、せっかくいただいた時間を、ずっと取りくまなければと思っていた「書くこと」に集中したいと思っています。というか自分にはこれしかできないとも気づいていました。
 
 そんな時、ひょんなことで、文章教室の講座を持たせていただくことになりました。わたしの人生は、いつもこうしてひょんなことから始まるのですが、その度にあわてふためきながらも、楽しんで挑戦してきました。文章なんて教えられるの?そう思ってもいましたが、自分自身もう一度書くことを振り返る意味でも、ぜひ、やりたいと思っています。長く続けてきた「糸田川通信」もリタイアとともに終刊となりました。そこでまた新しく発信していく場所づくりや、次の本も書いていこうという決意もちょっと込めて、この秋新しい世界に挑戦します。興味のある方ご連絡お待ちしております。
★「楽しく書こう!文章教室」★ 
☆大阪Cityアカデミー/吹田☆ JR吹田駅直結☆☎06-6382-7243
  <大阪シティアカデミーで検索してください。HPに詳細が載っています>
 直接ご連絡くださってもOKです。setsu.matsunaga@gmail.co.jp
  何卒よろしくお願いいたします。(せ)
 

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