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八月六日

 昨日「海辺の生と死」をテアトル梅田で見てきました。初日午前の1回目でしたが、満席、立ち見も出ました。あの狭いロビーが珍しくいっぱいで、来ている人みんなが驚いた顔をしていました。なぜか年配の男性が多く、島尾ミホ・敏雄ファンなのかな。それとも満島ひかりファンなのか。席の両隣はおじさんでした。左の人は高齢の静かな人でしたが、右隣は、半ズボンでサンダル裸足、白いキャップをかぶった体格のいい人で、上映中も足を左右に組み替え、裸足がすっと伸びてきて、強引にひざ掛け差し出したかったです。禁煙ゆえにか、しょっちゅう飴を出してバリバリいわせます。時計をよく見てたので、途中で出るのかなーと期待したのですが、2時間半あまり、ずっと隣でした。あああー。

 
 映画館では、ときどき心のせまい自分に気づきます。これくらい許さなあかん。いろんな人がいるんやし、体調悪いとか、たまたま見に来てしまったとか。でも、もう少し座席が広ければね。なんともせまい座席に映画館。そして、心のせまいわたくしです。
 映画は、島尾ミホと島尾敏雄夫妻のそれぞれの作品をベースに作られていますが、これは島尾ミホの視点で描かれています。また、梯久美子著「狂う人」も参考にしているようです。わたしも満島ひかりを見に行きました。好きな女優でずっと注目しています。そしてこの映画も、満島ひかりのものでした。彼女の演技が、いまだからだに張り付いています。どうも島尾夫妻は濃すぎて,あまり好きではなかったのですが、今回、ミホのルーツを垣間見た気がして、ほんとうの島尾ミホに興味がわきました。それほど、満島ひかりがよかったのです。べた褒めですいません。
 
 テーマである「生と死」についても、特攻隊で死んでいく男と、残された島の女性という、従来の世界観から一歩進んで、「生と死」は紙一重であり、今よりもっと死が近かったあの時代、もっと生と死が交錯しており、行ったりきたり軽やかに移ろっていたのではないかなーと気づかせてくれます。戦争反対というメッセージより、戦争中でも島の人たち、つまり辺境の地では、それなりにのどかな日常があり、鳥は歌い、海は波うち、大きなものに包まれていた。人々はいつもどおり歌い踊っていたのです。昔見た、シンレッドラインの田畑の緑を思い出しました。
 伝えにくい世界観を、監督はうまく届けてくれました。でも、やはり彼女の演技があればこそです。ラスト近くの別れのシーンは、百人一首の歌の世界を思い描くほど、熱く強い思いがほとばしるものでした。しかし夜が明けると一変、また違った日が確実にやってくる。人生は続く。映画では、戦争が終わるということなのですが、その開放感、おおらかさをこういう形で受け止めたのは初めてでした。
 
 暑い一日映画館で過ごすのはいかがでしょうか。わかりやすい作品ではないけれど、美しく力のある作品です。奄美大島の島ことばのイントネーションが心地よく、島唄もやさしく響きます。子どもたちの顔がいいです。昨日今日と強い台風がきているらしく心配です。
 いろいろ壊れてしまった大きな列島であるこの国ですが、まだまだ周縁の島々には大切なものがたくさん残されています。
 
 くしくも今日は8月6日ヒロシマの日です。どこにでも恥ずかしげもなく出かけて、美辞麗句を垂れ流す、この列島の首相の言動に、暑さがいや増します。支持率のために腰をかがめたりする前に、自分の言ったことにまず責任を持ち、ウソをつかないとか、人間としてやり直してほしいです。百人一首の先人たちの熱い言葉に少しはふれてほしいものですが、無理な願いでしょうね。
 8月6日に生まれたものとして、心より平和に誕生日を祝いたいものです。そして、こんな暑いなか産んでくれた母には心より感謝と愛をおくります。ありがとう!(せ)
 

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コメント

この時期、戦争にまつわる映画がかかることが多いですね。
この映画のこと、ここで拝見するまで私は殆ど知りませんでした。満席と聞けば、見にいくのに二の足を踏みます。
戦争体験者はいわれますね。戦争が始まる前に特別な雰囲気は感じなかったと。日常の暮らしの中に飛び込んでくる戦争だから、現在のようにきな臭い匂いが確実に漂い始めたら、油断できません。

奄美の島唄は裏声のせつなさが特徴ですね。目を閉じて三線弾きながら、哀愁が漂う歌声を聞かせてくれた人も今は施設暮らし。前より笑顔が多くなった彼は、リハビリを兼ねて時々三線弾いてるとかいないとか・・・。
田中一村の美術館もある奄美、行ける縁があるでしょうか。

昨日から、チェ・ゲバラの息子のカミーロさんが(55歳)広島にきてたそうですね。今日の式典にも参加したそうです。母親を通して、ゲバラが伝えた広島の現実を聞いていたのでしょう。ゲバラは広島に原爆を落とす必要はなかったとカストロに伝えてましたからね。
キューバではカストロ政権のとき、毎年広島の日として、全小学校で追悼会が開かれてました。今も続いてるのではないでしょうか。

原稿を読み上げてるだけの安倍首相。言葉だけが上滑りしている日本の政治家、これから先が心配です。

投稿: とんび | 2017年8月 6日 (日) 19時45分

とんび姐さん
さっそくありがとうございます。
先日の説教祭文といい、庶民は歌い語るという文化をしっかり持っていたのですね。説教祭文は明治以降禁止されたと聞きましたが、まだまだ各地に語りつがれ歌いつがれた人々の声があるのですね。心強いかぎりです。
奄美のことばの響きは、ほんとに心地よくてきれいです。
 映画は、まだ混んでいるでしょうが、お時間があれば是非に!と言ってもすぐに終わるかもしれませんがね。さあ、明日から遊びまーす(せ)

投稿: | 2017年8月 6日 (日) 21時51分

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