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2017年5月

「父の生きる」

 「まだ5月やんなー」と確認したくなる暑さ、そう明日まで5月です。お元気ですかー。

 時間ができた今、図書館をハシゴすることがあります。というか吹田は大きな図書館がなくて各地域というか盛り場(?)に小さな図書館がいくつかあります。それぞれ個性というほどではないですが、おいてる本の世界がちょこっとちがいます。最近は建て替えられてきれいな図書館も増えました。わたしが一番行く近くの図書館は「中央図書館」です。ここは古くて、私が学生だったころに児童室が新しくなって、当時としては珍しいカーペット敷きのスペースがあって、ちょっと話題になってた気がします。つまり40年以上も前の話、建物はそのままだから、かなり古い、だからわたしは「本店」と言ってます。地方都市に旅すれば、あちこちに自慢の図書館ができており、うらやましいかぎりです。本店がいつかほんまの中央図書館になるのを待っています。でも、今のもそれなりに味があるけど、新刊が少なすぎるかなー。
 
 今日の話は図書館ではなくて本の話でした。「父の生きる」伊藤比呂美著(光文社文庫)。
この本はだいぶ前本屋で見て、表紙のお父さんの写真が伊藤比呂美そっくりで、彼女の本は好きなので読もうと思っていながら、読めずじまいでした。ところが先日図書館でひょっと見つけて借りてきました。やっぱり読むべき本は届けられる!なんて勝手なことを言っとります。
 でも借りてもなかなか読み進められず、他の本に目移りしているうちに、延長したのに返却日が近くなり、ああ、最後にもう一度と斜めにはしりました。というか、カリフォルニア在住の彼女が、父親の住む熊本を行ったり来たりする様子が、日記のように長く綴られています。何年か前に母が亡くなり、ひとり熊本に残る大好きな父とのやり取りや、遠隔介護の様子などです。彼女の文章ゆえに、あちこちにキラリと光るものがあるのですが、こう行き来が続くと読むほうもしんどくなります。でもさすが伊藤比呂美。最後の30Pほど、父が死んでからの文章に、なんか不思議と泣いてしまいました。わたしの場合とは全然違うのですが、子どもが親を見送るということ、そして自分の子どもとの距離やなんか、結局はみんな分かれて一人で亡くなっていくということ。
 
 彼女は、父が亡くなって、めそめそ泣いて悔いて悔いるのですが、いろいろ思い出したり夢を見たり、そして、ずっと昔父母が作っていた家をとにかく出たくて仕方なかったこととか。親を送るということ、そして自分も親になり、また誰かに送られるかもしれないという、当たり前のことのなかにある、なんとも悲しく愛おしい気持ち。
 「父の生きる」というタイトルが、なんか突き刺さります。みんなそんな世代になったんや。世情はひどいですが、今日もどこかで誰かが亡くなり、また生まれてきている。両親に置いてきぼりにされたわたしたちは、やっと大人になって、ちがった景色を見てしばらく生きていく。大切な時間の始まりですかね。(せ)

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夏は来ぬ

 なんか、どんよりした空気につつまれたこの国です。どうも気持ちがすっきりしない。「許さないぞー!」と叫んでみるのも、「はんたーい!」と声をあげるのも、大きな虚しさを感じてしまいます。みなさま、お元気でしょうか。

 そんななか、先日定例ハイキングで山へ行きました。雨になるかなという日でしたが、降らずに、うっすら曇り空を気持ちよく歩きました。まだ夏が来るほんのちょっとまえ、そんなときつい口ずさむのが「夏は来ぬ♪」、ギラギラ太陽の照り付ける夏ではなく、どっと蒸し暑い夏でもなく、なんとも爽やかで、それでももう春ではない。おっとジトジト雨の梅雨でもない。ここかしこに夏の気配がある。それはやはり、緑の樹々のなかで感じられるもののような気がします。
♪夏は来ぬ♪ 作詞・佐々木信綱 作曲・小山作之助 1896年
 
 卯の花の匂う垣根に 時鳥(ホトトギス)早も来鳴きて
 忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
 
 五月雨のそそぐ山田に 早乙女が裳裾(もすそ)ぬらして
 玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ
 
 橘の薫軒端(のきば)の 窓近く蛍とびかい
 おこたり諌(いさ)むる 夏は来ぬ
 
 楝(おうち)散る川辺の宿の 門遠く水鶏(くいな)声して
 夕月涼しき 夏は来ぬ
 
 五月闇蛍とびかい 水鶏(くいな)鳴き卯の花さきて
 早苗植えわたす 夏は来ぬ
 
 
 ・忍音/その年の初めて聞かれるホトトギスの鳴き声
 ・玉苗/早苗と同様、田へ植えられる苗
 ・楝/夏に花をつける落葉樹センダン(栴檀)
 
 あらためて歌詞を調べてみると美しい。うる覚えで歌ってたのですが今回、しっかり歌詞を読んでみて、納得。
これからの山歩きに口づさむ歌も、ちゃんと歌詞を調べてみようとなりました。
むちゃくちゃな時代、むちゃくちゃな夏の来る前に、今の時節を楽しみましょう♪イエーイ♪(せ)
 

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報道?

 昨日の夜のニュースでいきなり「眞子さま婚約。。。」ニュースが飛び込んできました。まあ、こういうことは予測がつかないのかもしれないけれど、ちょっとタイミング的に深読みしてしまいます。今日の朝刊にはこの記事の横に、「共謀罪、採決週明けか」とあります。そしてもっと小さく「今日、高浜原発再稼働」とあります。

 いろいろ疑問があげられている共謀罪。与党は、参考人質疑を除く審議時間が、あと4時間で、衆議院採決の目安とする30時間に達すると言っており、それを今日17日に実施すると野党側に提案したらしく。野党は今日採決しないことを求めたようですが、与党側は応じず、野党民進党は、法務大臣の不信任案を出して一時止めると言ってますが、数の論理でつぶされるでしょう。与党は、来月6月18日の会期末までに法案成立をめざしているようです。
 
 大きく時代が変わってしまうであろう「共謀罪」を、こんなに簡単に数の論理で決めてしまっていいのでしょうか。今から、少なくともマスメディアでも取り上げられ意見が交わされ、いやでも国民の目や耳に「共謀罪」という言葉が入ってくるだろう時期ですが、たぶんテレビ等のマスコミは「眞子さま婚約。。。」報道一色になりそうです。
 
 前に辺見庸が、「アベ首相は命をかけているが、野党は誰も命をかけていない」というようなことを言っていましたが、アベの命がけの憲法改悪が大きな足音で歩いてきています。
爽やかな5月の風のなか、これからの日本の行く末を決定する大きな出来事が、我々の生活とはあまり関係のないニュースでかき消されるのは許せません。人々がおめでたいことだと、笑っている間に恐ろしい現実がひたひたと始まっているのですから。。。
 目を凝らし、耳をすませ、声をあげて、まいりましょう!(せ)
 

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日々の暮らし

 爽やかな5月、大切な日々が続いています。リタイアしてから「毎日、何してるの?」とよく聞かれます。情けないのですが、相変わらずバタバタしております。先週の一週間を具体的にあげてみれば、、、

 日曜は「江戸落語」を聞きに行き大笑い。月曜は定例の「おはなしの勉強会」。水曜は朝「子どもの本を読む会」に出かけ、午後は先輩に連れられてバードウオッチング。金曜日は試写を二本見て、土曜日は朝「ヒマラヤ秘境のヨグマタ」の講演会に行ってから、中之島のバラ園へ、夕方からは知人宅訪問。そして日曜は月一回大正区である「ストーリーテリング・おはなしの勉強会」にほぼ一日出席。やっと休みの今日です。
 その間、ネット俳句を3句を投句して、これから試写のレビューの原稿を急ぎ仕上げます。今週も、火曜は「イタリア児童文学」の講座が始まり、木曜は万博で「森林セラピストと森を歩く」に参加。土曜は、ドリアン助川の講演会から、夜は句会。ああ、こっちの句も作らねば。。。まだまだ、定例のハイキングもあれば、「書」の会もあり、今週末は一泊旅行です!
 こうして書くと、あほみたいに動いてますが、仕事をしていた時も、あんまり変わらずバタバタしていたので、しいていえば、パンを作って売ること(時々売って歩いてますが)と.、通信を書くことを止めたぐらいです。といっても、やはり自由度は全然ちがいますね。時間に追われない幸せ、疲れた日はゆっくりと休める。時間軸が自分にあるということは大きいです。それに新しいことを始めるワクワク感。
 
 ただ、経済的にはシビアになりました。今までもかなりケチでしたが、交通費を浮かそうとひたすら歩いてます。例えば梅田に出るのも今までは阪急しか使わなかったのですが、最近はほとんどJRを使います。駅まではちょっと歩くのですが、安いし早いし、なにより新鮮な感じがいいのです。新しい大阪駅になってから、空間の多い駅が気に入っています。人は多いけど、椅子も多いから、時間の隙間にベンチに座ってホームを見てると小さな旅に出た気がします。やっぱりJRは遠い世界とつながってる気がするのです。
 
 そんなこんなで、どこへ行くのにもよーく歩くので、スマホについてる万歩計がすぐ1万歩を超えてしまい。ああ、歩いたと思うと2万近くいっている、スマホだからいい加減な数値だと思うのですが、ほめてくれるので、うれしいです。
 
 公園を通り抜けたり、商業施設にはほとんどいかなくなったので、ちょっとは大阪の街も新鮮かな。まあ、あんまり出かけたくはないですが。
 そんなこんなで、まだまだバタバタの日々です。ほんとは、何もしないで、ゆったりとした暮らしを目指したいのですが、なかなか。でも最近、簡単な糠漬けを始めました。少しずつ少しずつですね。映画のことはまた書きます。今は先に原稿仕上げなければ。イエーイ(せ)

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シングルソファー

 いいお天気が続きます。気温が高くてもカラッとしてこのままの季節が続いてくれればと思うのですが、そうはいきませんね。。。

 
 仕事をしているときの晴天は大好きでした。もちろんお客さまが来てくださるだろうとの期待のもと、来られるお客さまの笑顔もとびきりに見えました。それに反して雨の日は、気の重い一日の始まりでした。それもやっぱり、お客さまは来てくださるかなーと、空を見上げて心配していました。そう思えば、なんと天気に左右されてきた日々だったことか。それにこれからの暑さを思うと、考えないように考えないようにとカレンダーをめくった気がします。
 
 それに引き換え、自由の身となった今は、お天気の日はもちろんうれしいですが、雨の日でも曇りの日でも「ああ、そうか」と軽く受け入れ、雨だったら家にいようと思うようになりました。つまり、家にいる時間が長くなるということです。
 そこで、ずっと欲しかった「シングルソファー」を、思い切って買いました。息子たちの住むロンドンやほかの国でも、そんなに広くない部屋にも、必ず一人掛けようのソファーがありました。いや、それをドカンと置けるのは、やはり部屋が広く天井が高いからでしょうが。そのソファーにドンと座って、本を読むのもよし居眠りするのもよし、なによりボーとするのが夢でした。あちこち探していたのですが、とうとう見つけました。そんなに重厚ではなく、それでもしっかりしており、座り心地がよく、お値段も手ごろである。そして、濃い黄緑色のその椅子が、昨日わが家にやってきました。いらっしゃいませ。。。お待ちしておりました。
 狭い家ですが、3階を一人で過ごせる空間にして、本棚に並んだままの本や、ずっと聞くことのなかったCDも聞いてみたくなります。
 
 思い起こせば、店の開店から子育て、子どもたちを送り出してからも、ずっと時間に追われて過ごしてきました。それでも、それなりに好きなことをやってきたつもりですが、今、この豊かな時間の贈り物を人生からいただいたことに感謝します。。
 5月の樹々の緑の美しさも、静かな雨の音も、激しい風の声も、全部しっかり受け止めて大切に暮らしていこうと思います。新しくやってきたキミドリの椅子さんと、お互いちょっとくたびれた相棒と、からだも心も長持ちしながら、味わい尽くしたいと思います。
 
 先日、十三の第7芸術劇場でチベット映画をみました。「草原の河」の公開に際して「チベット特選映画祭」というのをやっており(明日まで)、結局一本しか見れなかったのですが、日本と全く経済的にも政治的にも背景の違う世界にふれ、あらためて、情報とモノにあふれた落ち着きのない、この国の都市生活を思いました。「草原の河」は試写で見てよかったので、紹介しようと思っていましたが、今になりました。映画の中身もさることながら、そこに流れる時間的空間的な世界に、ただ触れるだけで、人間として取り戻せるものがあります。
 
 世界が日本が、私たちの暮らす都市の時間や空間、情報の流れだけで進んでいるのではないということ、もっと違う時間の流れがあり、人が生まれて死ぬことの意味。こんなことも、しっかり自分の人生の中で「自給」していかなければと思います。
 さあ、キミドリの椅子さんは、どんな時間の流れや空間を見せてくれるのか楽しみです。(せ)
 

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日本国憲法

 昨日の憲法記念日に、安倍首相は言明した。

 「9条に自衛隊を追記」し「東京五輪・パラリンピックが開催される2020年に、新しい憲法が施行される年にしたい」と。そして高等教育の無償化にも言及した。前から仕込まれたシナリオではあったかもしれないが、このやる気には心底恐ろしい。
 2020年、いやでもナショナリズムが高揚し、ニッポンがんばれ!ニッポン強いぞ!が叫ばれる中、憲法を変えてしまおうと言うのだ。そして自衛隊を軍隊とし戦争できる国にする。教育を無償化することで、国家教育の実現、今ぶり返されている「教育勅語」を呼び戻そうとするだろう。憲法施行後70年の今、彼は祖父岸信介の願った憲法を本気で改悪しようとしている。
 
 わたしたの父や母がついこないだのように話していた第二次世界大戦の苦しみから解放され、もう二度と戦争をしないと誓った「9条」、国家や天皇のものであった人権を取り戻した基本的人権の「11条」、自由と権利の保持責任をうたった「12条」、個人の尊重の「13条」、法の下に平等であり差別されないの「14条」、思想及び良心の自由の「19条」、両性の合意において婚姻はなされ、夫婦は同等であると説いた「24条」。それらすべて今読んでも胸躍る条文であり、美しく励まされることばたちだ。特に19条の「思想及び良心」とあるその良心には、あらためて心打たれる。そうこの「良心」に基づいて、社会は構成され人々は日々を営む。今こそこの「良心」が問われることはないだろう。
 人を殺すことも人に殺されることも嫌だ!という人間の基本的な良心を、国に置き換え「日本が殺し殺されることを拒否する」ということの原点に戻らなければならない。理想主義と言われても、憲法はそもそも国政に訴え監視するものである。理想を求め真実を要求してなんの問題があるのだろうか。
 
 共謀罪も、大型連休明けに衆議院を通過させたいようだが、そう簡単にはいかないだろう。情けないが、すでに成立し施行されている「特定秘密保護法」と「集団的自衛権の行使」、これに「共謀罪」が加われば、戦前への回帰、軍国日本の始まりといってもおかしくない。ほんとうに恐ろしい。
 
 5月の青空に新緑が生え、子どもたちは元気に走り回り、子どもの日を祝う。そんな平和な日本の日常風景は、70数年前の多くの人々の犠牲の上に立ってもたらされたことを忘れてはならないと思います。北朝鮮、テロと不安が煽られる一方で、どんどん真実が隠され、着実に大きな流れが作ろうとされていることに、厳しい目を向け、今一度憲法によって守られて来た70年であることを、かみしめる5月としたいものです。
 
 憲法前文にある
「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」
 この美しく啓かれた文章に接すると、自分は世界につながる一人であり、生かされていることに感謝します。ぜひ憲法を読んでみてください。なにより生きる喜びと勇気をもらえます。5月の爽やかな風の中から、、、イエーイ!(せ)

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